〜堀川再生への熱き想い〜

 

 こうして、堀川に清流を取り戻す 「堀川水辺環境整備事業」 が、ようやく着手段階にたどりついた。そこで、これまで地元との協働を実践してきた(社) 京都府 建設業協会京都支部を代表して岡野益巳支部長をはじめ、この事業の発端であり、堀川の暗渠化や広場・親水公園の整備などを盛り込んだ 「二条城プラッツ構想」 を打ち出した日新建工株式会社の立花宏一会長、そして地元を代表して 「堀川と堀川通りを美しくする会」 の吉川哲雄堀川再生委員長に、堀川再生に対する想いを聞いてみた。

 

 

地域と連帯感 この経験を今後も生かしたい工事の完成をゴールと考えずに)

環境に対して高まる関心積極的に協働のまちづくりを展開

                                      (社) 京都府建 設業協会 

                                           京都支部 支部長    岡野 益巳

 

 堀川に水を通すまちづくり運動のために、当協会は微力ながらもバックアップをしました。私が京都支部の土木委員長を務めていたころです。今の堀川は殺風景で、この状況を放置してお

くのはよくないと考えたからです。協会青年部の有志が中心となって地元のイベントに参加するなど、積極的に活動しました。みんな本当に一生懸命やってくれました。地域の人たちとも連帯感が生まれ、良い経験になったと思います。

 第3四半期に初弾工事が 京都市 から発注されるということを聞きました。この工事の興味深いところは、地元で反対する人がいないということが、工事前からわかっているということです。

 これは事業の実現へ向けて取り組んだ期間に、工事の事前説明をしたようなものだからです。これまでのいきさつを考えると、是非とも地元業者に発注してもらいたいものです。

 一方で、事業は工事が終わったあとが大事なのだと考えています。せっかく地元をはじめとする多くの人達が汗を流し、計画してきた事業なのですから、工事の完成をゴールと考えてはならないと思います。京都の地元企業は工事後のフォローアップまでちゃんと責任をもってやっていこうというポリシーがあります。

 堀川の事例も含め、これからの建設業のあり方を考えると、仕事をもらうという意識だけではだめだと思います。公共事業が軽視されがちな風潮がありますが、インフラ整備について、それが、何故必要なの

かをきっちりと一般の人にわかってもらう必要があると思います。地元企業は、地元の地理的条件や道路の状況などをよく知っているので、なぜ必要なのかをきちんと説明できるのです。

 今、環境に対して一般の人の関心は高まってきています。行政側も今後は環境に関連する事業を展開することに意欲的です。環境のジャンルは、ずっと以前は大手ゼネコンのテリトリーでしたが、現在では、地元企業でも専門の教育を受けた人材が大勢いますし、中には大手以上の技術力をもった企業もあります。このような背景もあって、今後は、堀川プロジェクトでの経験を生かし、地域と協働するまちづくりに積極的に関わっていきたいと思います。

 

 

二条城プラッツ構想が発端  ―業界に対する誤解を乗り越えて

  青年部会活動のモデルケースに 考えることを実践する行動を

                    日新建工株式会社  

                                                                    取締役会長  立花 宏一

 

堀川再生へとつながる大きな流れは、(社)京都府建設業協会が平成3年1月に発刊した広報誌・オープンフォーラム208号で紹介した 「京都市民が考えたまちと緑と水の再生 『二条城プラッツ構想』」 が発端となっています。

 当時は私も中心メンバーの1人として、その推進に協力させていただきました。さまざまな試行錯誤の繰り返しが続き、何度かの失敗も経験し、なかなか実現性を見いだせずにいました。しかし、平成8年に転機が訪れます。造園を研究するために来日していたアメリカ・オレゴン大学のロン・ロビンジャー氏と知り合い、同氏と教え子の学生15人の協力を得ることができたのです。

 彼等は研究活動の一環として、「堀川修復計画構想」 をまとめ、7月に京都市長に対してプレゼンテーションまで行う機会を得ることができました。構想では、第二疎水から清流を導水し、水道橋で賀茂川をまたぎ、紫明通を経て堀川へと導くという、現在の構想の原型を提案していました。一方、堀川が流れる地元では、元々は清掃などを中心に展開していた地域のボランティア団体 「堀川と堀川通りを美しくする会」 も、堀川に清流を戻そうという意識をもち始めたようです。その頃から、「美しくする会」 が堀川で各種のイベントを開催するようになり、地元の意識も高まるとともに、その考えも定着してきたようです。

 最初は 「業者が関心を寄せるのは、最終的に仕事が欲しいからではないのか」 といった誤解もありました。さらに、活動自体に理解や納得を示していただけない反対派の方々も当然いたのですが、推進派である地元や我々の真剣さが伝わったのか、自然消滅していきました。

 こうした背景から、 京都市 での取り組みも本格化していきます。市が立ち上げた堀川の水辺整備を考えるワークショップには、地元の方々ともに、青年部会が中心となって協会関係者も参加させてもらいました。特に、広報委員会の絹川雅則副委員長などは、WSのメンバーには入れなかったのにボランティア的にお手伝いするなど、熱心に取り組んでいました。現在では、工事が発注されれば、住民の方々も、美しい堀川を早期に実現させようという気運になっています。

 また、堀川灯篭祭などの各種イベントで、 京都府 建設業協会京都支部の青年部会があらゆる側面で協力しています。こうしたお手伝いの場で勉強させてもらい、実際に汗を流す姿を見て、今では地元からの協力要請もあり、頼られる存在になっています。建設業界が工事の受注だけでなく、こうした貢献ができることをアピールできた好例です。

 この例のように、最初から行政にまかせるだけでなく、いろいろな立場の人が集まり、いろいろな形で関わり、考えていくことが大切です。そういう意味で、堀川再生はこれからの青年部会の活動のモデルケースになるでしょう。また、あらゆる面で、建設業がどうあるべきかを考えるきっかけにもなると思います。こうした機会を通じて、建設業の仕事の在り方・作り方を考えることを実践する行動を、次の世代を担う青年部会が、今後も率先して起こしていってほしいですね。これからの青年部会や広報委員会に期待もしていますし、エールを送りたいと思っています。

 

 

 地元一丸で要望 イベントでもアピール堀川こそが堀川通りのランドマーク)

                               「堀川と堀川通りを美しくする会」

                                                  堀川再生委員長  吉川 哲雄

 

「堀川と堀川通りを美しくする会」 は、昭和60年4月に発足しました。堀川通りに面する23学区と堀川商店街協同組合、京都堀川ライオンズクラブが構成員で、会員総数は1000人です。当初は、清掃活動を中心としていました。堀川の水辺再生のことを知ったのは、平成6年にオレゴン大学の堀川修景構想を知った時からです。この時、 京都府 建設業協会の立花宏一氏と出会い、お話をさせて頂き、大変興味を覚え、ぜひやろうということになりました。堀川に清流を流そうという取り組みがここからスタートしたわけです。

 平成7年1月に起こった阪神・淡路大震災以降は、急速に水への関心が高まりました。このころから防災上の観点で、水辺環境の整備費が国の予算にも計上されるようになりました。

 平成9年1月には 「堀川の水辺空間の整備と堀川通りの再整備に係る要望書」 を当会から 京都市 長に提出しました。堀川こそが堀川通りのランドマークであることを認識し、堀川の水辺空間整備と堀川通りの再整備をお願いしたものです。

 その後、当会では研究チームを作り、 京都府 建設業協会や大学の先生、行政など有志で立ち上げた堀川座とも連携し、何ができるのかを話し合いました。

 平成10年5月に開催した、西陣学区のまちづくりイベント 「第3回西陣わっしょい」 では 上京区堀川上 立売上るのグリーンベルトで仮設の堀川を設置し、水を流しました。

  京都府 建設業協会青年部や 京都市 消防局の協力で実現しました。その日限りとはいえ、水が流れた瞬間の感動は今でもはっきりと覚えています。この時点ではまだ、堀川に水を復活させることは現実的に考えると、夢のような話でした。

 

 

 

これに続くイベントとしては、当会の主催で平成12年からペットボトルで作った灯篭を堀川の川底に並べて水のせせらぎを演出する 「堀川灯篭まつり」 を毎年開催しています。

 地元が一丸となって要望し続けた甲斐もあって、京都市が平成1010月に堀川の水辺環境整備基本方針をまとめ、整備構想をまとめるためのワークショップが開催されました。

 ワークショップは最終的に82回開催し、延べ参加人数は1000人を超えました。

 これほどの規模で検討されたプロジェクトは全国的にも例がないと思います。

  京都市 では、この10 (第3四半期) にいよいよ初弾工事を発注するということを聞き、うれしく思っています。今、考えているのは、工事が終わってからのことです。我々地元にとっては、完成してからどうするのかが、一番大切なことです。自分達で事業に参画した分、愛着もあるので、人まかせではなく自分達で管理したいと考えています。